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福岡地方裁判所 昭和52年(ワ)10号 判決 1980年1月31日

原告

岩下一

被告

福岡市

ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  (請求の趣旨)

「被告らは各自原告に対し金七四九万円及びこれに対する昭和五〇年五月一八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言

二  (請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨

三  原告の請求の原因

1  (事故発生)

原告は、次の交通事故によつて受傷した。

(一)  発生日時 昭和五〇年五月一八日午前一一時四五分頃

(二)  発生場所 福岡市西区大字金武四〇―四

(三)  加害車両 普通乗用自動車(以下、「被告車」という。)

右運転者 被告本田隆昭

(四)  被害車両 軽四輪トラツク(以下、「原告車」という。)

右運転者 原告

(五)  事故態様 原告が原告車を運転して、金武方面から早良方面へ向つて進行中、発生地において、原告車左前輪がパンクして停車したところへ、反対方向から進行してきた被告車に衝突された。

(六)  傷害部位 頭部打撲、下顎部打撲症、頸椎捻挫、右膝打撲皮下血腫形成等

(七)  治療経過 昭和五〇年五月一八日から同年六月二三日まで三七日間、安藤外科病院に入院。同年八月一日から翌五一年八月五日まで三七一日間、皆川外科に入院。同月六日から通院。

2  (責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故で生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告一美は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法第三条による責任。

(二)  被告隆昭は、本件事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法第七〇九条の責任。

原告車は、本件事故地点を通過する際、同地点が部分的に狭くなつており、前方から高速で進行してくる被告車との離合をし易いよう、原告車を左側に寄せたところ、ガードレールから内側に突出ていた長さ約三メートルのコンクリート橋欄干に接触して左前輪がパンクしたため、停車した。そこへ被告車が速度を落さず時速五〇キロメートル以上のまま、前方注視を怠つて漫然と進行してきた。本件事故は、同被告の過失によつて起された。

(三)  被告市は、本件事故が次のような道路の設置管理に瑕疵があつたことに基因するので、国家賠償法第二条第一項による責任。

(1) 本件事故発生地の道路は、道路法第一七条第一項により、被告市が管理する県道である。

(2) 右道路は、金武方面から早良方面へ向つて、本件事故発生地付近で彎曲している。発生地前後は、幅員約六・五メートルのバス路線で、交通も頻繁であるのに、本件事故発生地付近だけが幅員約四メートルと急に狭くなつて、くびれた状態になつていて、対向自動車と離合をすることができない。

(3) 橋のコンクリート製欄干は、ガードレールよりも低い位置にあつて、狭隘な内孤の線上に九センチメートルも突出した格好になつている。

(4) 幅員の広い直線道路を進行してきた両方向の自動車は、本件事故発生地付近で衝突する危険がある。被告市は、このような危険な状態を知りながら、そのまま放置し、しかも標識その他によつて自動車運転者に警告することも怠つた。

3  (損害)

原告は、本件事故により次のような損害を蒙つた。

(一)  (休業損害)

原告は、本件事故前、廃品回収業を営み、昭和五〇年一月から四月まで平均して一か月金一二万七〇〇〇円の収入を得ていた。同年五月一九日から二八か月間の休業を余儀なくされたので、その間の損害は、金三五五万六〇〇〇円になる。

(二)  (入院雑費)

原告は、四〇八日間入院した。雑費として、一日金五〇〇円が相当であるから、合計金二〇万四〇〇〇円になる。

(三)  (付添費用)

原告の入院中、昭和五〇年五月一八日から同年六月一一日までの二五日間、妻久枝が付添つた。その費用として、一日金二〇〇〇円が相当であるから、合計金五万円となる。

(四)  (慰藉料) 金三〇〇万円

(五)  (弁護士費用) 金六八万円

4  よつて、原告は、被告らに対し、各自、右損害金合計金七四九万円とこれに対する不法行為の日である昭和五〇年五月一八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  (請求原因に対する被告らの認否)

1  被告本田両名

(一)  請求原因1の事実中、(一)乃至(四)の事実は認める。(五)の事実は争う。(六)及び(七)の事実は知らない。

(二)  同2の事実につき

(1) 同(一)の事実は認める。

(2) 同(二)の事実は否認する。

(三)  同3の事実中、(一)乃至(三)の各事実は知らない。(四)及び(五)の主張は争う。

2  被告市

(一)  請求原因1の事実は知らない。

(二)  同2(三)の事実中、(1)の事実及び(2)の事実のうち本件事故発生場所付近の道路の幅員が約四メートルであること、最大幅員部分が六・五メートルであることは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同3の事実中、(一)乃至(三)の各事実は知らない。(四)及び(五)の主張は争う。

五  (被告本田両名の抗弁)

1  免責(被告一美)

(一)  本件事故は、被告車の通路前方に原告車が逸走してきたため生じたものである。即ち、原告車は、被告車の先行車と離合しようとして、道路左側に寄せたところ、運転を誤り、コンクリート橋欄干に左前輪を衝突させてパンクさせてしまつた。そのため、原告車は、道路右方の対向車線上へ逸走した。偶々、被告車は、対向して進行していたので、原告車を避ける暇もなく衝突した。被告隆昭は、原告車の逸走を予見することもできなかつたし、逸走した原告車との衝突を回避することもできなかつた。

(二)  右のとおりであつて、同被告には運転上の過失はなく、事故発生は、ひとえに原告の過失によるものである。また、被告一美には、運行供用者としての過失はなかつた。被告車には、構造の欠陥も機能の障害もなかつた。同被告は、自動車損害賠償保障法第三条但書により免責される。

2  損害の填補(被告本田両名)

原告は、自動車損害賠償責任保険から金六四万円を支給された。

六  (抗弁に対する原告の認否)

1  抗弁1の事実は争う。

2  同2の事実は認める。

七  (原告の再抗弁)

原告は、自動車損害賠償責任保険金六四万のうち金五九万円を治療費に充当した。なお、治療費については、本訴において請求していない。

八  (再抗弁に対する被告本田両名の認否)

再抗弁事実は知らない。

九  (証拠関係)〔略〕

理由

一  (事故発生)

1  請求原因1(一)乃至(四)の事実は、原告と被告本田両名との間では、当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第一、第二号証、同第四、第五号証、原告及び被告隆昭各本人尋問の結果によれば、原告と被告市との間では、右事実を認めることができる。

2  成立に争いのない甲第一、第二号証によれば、請求原因1(六)の事実及び昭和五〇年五月一八日から同六月二三日まで三七日間安藤外科病院に入院したことを認めることができる。

3  原告本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第三、第四号証には、原告が昭和五〇年八月一日から翌五一年八月五日まで三七一日間皆川外科に入院し、翌六日から通院している旨の記載がある。

しかし、前顕甲第一、第二号証と右同第三、第四号証を対比してみると、安藤外科病院では、原告は、本件事故直後、救急車で同病院に搬入され、初診時には、骨折はなかつたものの、頭痛、頸部痛、右膝の疼痛があつたので、入院安静を命じられたこと、加療の結果、昭和五〇年六月下旬に至り、かなり軽快したので、同月二三日、爾後通院治療を命じられて、退院したが、同病院へは通院の都合で転医すると告げたまま、右病院退院後、同年七月末までの間、原告が治療を受けたことを窺う資料がないこと、これに対し、皆川外科では、同年八月一日に至り入院し、病名としても、頸部捻挫と診断されたのはともかく、初診時になかつた頭部挫傷、胸部挫傷、両側膝関節挫傷が本件事故後二か月半近くなつて登場してきたことが認められるので、安藤外科病院における診断にも拘らず、皆川外科におけるかなり長期に及ぶ治療のすべてが果して本件事故と相当因果関係に立つのかどうか、同外科での入院治療が必要なものであつたとしても、同外科にかかるまで、治療を受けた跡を窺えないことがどの程度影響したのかどうかの疑問が残り、これを払拭することができない。この点につき、甲第三、第四号証だけで原告主張事実を肯認するに十分でなく、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

二  (責任原因)

1  請求原因2(一)の事実は、原告と被告一美との間では、当事者間に争いがない。請求原因2(三)(1)の事実及び本件事故発生場所付近の道路の幅員が約四メートルであること、最大幅員部分が六・五メートルであることは、原告と被告市との関係では、当事者間に争いがない。

2  争いのない右事実に、前顕乙第一、第二号証、同第四、第五号証、丙第二号証、各被告ら主張の写真であることは争いのない乙第三号証の一乃至八、丙第一号証の一乃至四に、証人松井長三郎の証言、原告及び被告隆昭各本人尋問の結果を綜合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場付近は、一般県道内野次郎丸弥生線の内野有田間で、非市街地にあり、東側に室見川が沿つて流れ、西側に小川と雑木林がある。道路は平坦で、北方内野方面に向つて緩く彎曲しているが、室見川の川原のため見通しはよい。本件事故現場付近は、直線で、南北どちらからも見通しがよい。西側の小川が道路下を通つて室見川に流れ込むため、本件事故現場付近の道路は、その上を渡る橋となり、その部分(幅三・九メートル、長さ三メートル強)の両側には、コンクリート製欄干(幅一九センチメートル、高さ三〇センチメートル、長さ二・九メートル)が設置されている。道路は、本件事故現場付近がもつとも狭く、北方へ向つて西側に設置されたガードレール(長さ一四・八メートル)の先は幅員五メートル(うち舗装部分四・五メートル)、更に北方へ二三メートル程行つたあたりでは、もつとも広いところで幅員七・四メートル(うち舗装部分六・二メートル)である。なお、その先は、幅員四・九メートル(うち舗装部分四・三メートル)になつている。東側には、長いガードレールが設置されている。南方へ向つて、両側にガードレールがあり、橋の南一六メートルのあたりでは、幅員四・五メートル(うち舗装部分四・二メートル)、約三〇メートル先では舗装部分六・四メートルと広くなつている。なお、本件事故当時は、西側のガードレールはなかつた。

(二)  前記欄干は、ガードレールよりも、二ないし九センチメートル道路内側に設置されている。

(三)  次郎丸方面から来ると、橋の手前七三・五メートルあたりで、橋の部分の狭くなつていることを判別することができ、三六・五メートルに近付くと、欄干のあることを認識することができる。

(四)  本件事故は、原告が北方から橋に差掛り、東側欄干の北端に原告車前部を衝突させて、ハンドル操作の自由を失い、原告車を右斜め前方に約五・五メートル逸走させ、橋の南へ二・二メートル出たところで、南方から来た被告車と衝突した。衝突して停車した時、原告車の左前部は道路の東側端から一・九メートル、左後部は同じく四〇センチメートル離れた位置にあり、被告車は、道路東側端から三・一メートル、西側端から四〇センチメートルの位置にあつた。

(五)  衝突に至るまでの両車の動向について、原告(事故後一八日目の実況見分)と被告隆昭(事故直後の実況見分)の説明は、若干異る。始めに、同被告は、時速五〇キロメートル位で進行し、橋の南五〇メートル弱の所で、橋の北二〇メートル強の所を対向して来る原告車の姿を認めた。原告は、時速四〇キロメートル位で進行し、橋の北三四メートルあたりで、橋の南六五メートル強の所を対向して来る被告車の姿を認めた。次に、同被告が橋の南二六メートル(原告本人尋問の結果では、もつと先という。)の所まで近寄つた時、被告車の先三〇メートル(原告本人尋問の結果では、一二〇ないし一三〇メートルという。)を北進中の先行車が橋の北六・八メートルあたり(原告の指示説明では一二メートル)で左に減速して避譲した原告車と離合するのを認めた。同被告は、更に橋の南一四メートル強(原告本人尋問の結果では四〇乃至五〇メートルという。)の所まで来た時、原告車が東側欄干の北端に衝突するのを認めたので、急制動をかけた。同被告が道路左側端に沿つて一二メートル強進んだとき、原告車と衝突した(原告本人尋問の結果では、一〇メートル位逸走したという。)。

(六)  原告は、右道路を一か月のうち一〇回位通行していたので、橋の上で対向車と離合することができないことを知つていた。本件事故当時、橋の手前で被告車の先行車と離合したので、後続の被告車が橋を渡らずに停止するか徐行するかして、原告車を先に渡してくれるものと思つていた。一方、被告隆昭も、この道路をいつも通行しており、橋を挾んで対向車が接近した時は、どちらかが橋の手前で停車していたので、本件事故当時、原告車が被告車の先行車を避譲して左側に寄り、減速したのを見て、先行車に続いて被告車を先に渡してくれるものと思つた。

以上の事実を認めることができる。原告本人尋問の結果中、実況見分時の指示説明より被告車が遠く離れたところから高速で進行してきたかの如き部分は、これに従うと首尾一貫しない部分があつて、そのまま採用することができない。

3  右認定事実からすると、必ずしも本件事故前の両車の位置を明確に特定することは困難を伴うとはいえ、原告と被告隆昭が現場の状況を認識し、それに基づいて危険を回避する判断において、いずれもやや自己の都合を優先させたことを否めない。そのために、同被告において徐行することもなかつたし、原告においても被告車より先に渡ろうと急ぎ、慌てて東側欄干北端に衝突させたことが本件事故発生に結びついたというべきである。従つて、本件事故は、双方の同等と評価すべき過失によつて生じたものといわなければならない。

よつて、被告隆昭は、民法第七〇九条により、被告一美は、被告隆昭において過失がある以上、免責の主張を採用することができないので、自賠法第三条により、それぞれ本件事故によつて生じた原告の損害を賠償しなければならない。

4  本件道路及び欄干部分の状況は、前記認定のとおりである。右認定事実を基礎に、被告市の責任の有無を考えるのに、一般に、道路の幅員が広く、且つ、彎曲の少い直線である程、道路交通にとつて便利であり、危険の発生も少いことはいうまでもない。標識による警告規制も、それによつて危険を予告し、これに従つて回避されると考えられるだけに、その設置の必要性を軽視することはできない。これを本件道路に当篏めて考えてみても、同様に望ましいことといえるかもしれない。しかし、本件道路が非市街地にあつて、彎曲も緩やかであり、見通しも良好で、橋の部分の幅員が狭くなつているとはいうものの、車両の運転者が通常期待されている前方注視義務を怠らなければ、右の道路状況や欄干の存在をかなり手前からも認めることができるので、対向車がある場合、一時停止又は徐行することによつて離合を円滑に行うことができると考えられる。右道路には、未だ安全性の欠如又は危険防止措置の欠如等道路が通常備えるべき安全性に欠けるとまで断定することは困難である。まして、本件事故が道路状況を十分に知つた原告と被告隆昭の過失(殊に、欄干に衝突したのは、全く運転操作の誤りである。)によつて惹起されたものである以上、尚更である。

従つて、原告の被告市に対する請求は、理由がない。

三  (損害)

1  (休業損害)

成立に争いのない甲第七号証及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故当時、原告が廃品回収業をしていたことを認めることができる。そして、甲第五、第六号証の各記載中には、原告の収入を記載したことを看取することができるけれども、その記載の仕方から見て、後日これを整理したに過ぎないものと思われ、経費についての記載も杜撰で、これをそのまま採用するのは躊躇せざるを得ない。しかし、右の営業形態や原告の年齢から見ても、本件事故当時、原告が一か月金一〇万円程度の収入を得ていたものと認めるのが相当である。そして、前記認定の受傷の部位程度、治療経過に鑑みると、本件事故による休業期間は、三か月を相当と認める。そうすると、その損害は、金三〇万円となる。

2  (入院雑費)

前記認定のとおり、原告が安藤外科病院へ三七日間入院していた間、諸雑費として幾何かの支出をしたであろうことは明らかなので、その金額を一日金五〇〇円と認めるのが相当である。その合計は、金一万八五〇〇円となる。

3  (付添費用)

原告の入院中原告の妻が付添つたことは原告本人尋問の結果によつて認められるけれども、前記認定の原告の受傷部位程度、治療経過に照らし、また、前顕甲第一、第二号証によるも、付添の必要性を認めることができず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

4  (慰藉料)

本件受傷の部位程度、治療経過その他本件に現れた一切の事情を綜合すると、原告の慰藉料は、金三〇万円が相当である。

5  (過失相殺)

本件事故が双方の同等の過失によつて惹起されたことは、前示のとおりである。従つて、以上の損害につき、その二分の一を減ずるのを相当と認める。そうすると、金三〇万九二五〇円となる。

6  (損害の填補)

原告が自動車損害賠償責任保険金六四万を受領したことは、当事者間に争いがない。前顕甲第二号証、成立に争いのない乙第六号証によれば、原告の安藤外科病院への治療費が金五九万九〇四〇円であつたことが認められるので、弁論の全趣旨により、これに充当されたものと認めることができる。そうすると、右治療費についても過失相殺すべきであるから、本訴請求にかかる損害について填補されるべき全額は、金三四万〇四八〇円となる。

してみれば、原告の前記損害は、既に填補されたものというべきである。

四  よつて、原告の本訴請求は、すべて理由がなく、棄却を免れない。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富田郁郎)

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